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生成AIの社内導入フレームワーク AISET

2025年6月20日

AISET

「生成AIを導入したいけど、何から始めればいいかわからない」「ChatGPTのアカウントを全社員に配ったが使う人と使わない人がいる」

そんな悩みを抱えている企業は多いのではないでしょうか。実際、弊社でも同じ課題に直面し、最初の生成AI導入では十分な成果を得られませんでした。しかし、約2年ほどの試行錯誤を通じて、生成AI活用成功の本質は「技術習得」ではなく「組織的な仕組みづくり」にあることがわかりました。その経験から「AISET(アイセット)」というフレームワークに生成AIの導入プロセスを落とし込みました。

なぜ多くの生成AI導入が失敗するのか

弊社でも当初はよくあるつまずきを経験しました。ChatGPT Plusのアカウントを全員に配布し、簡単な説明会を開いて、各自の自主的な活用に任せました。その後の定期勉強会は当初盛り上がりましたが、数ヶ月後には新しい活用案の共有が減り、開催が途切れてしまいました。

社員からは「忙しくて時間がとりにくい」「新しい方法は所要時間が読みにくい」「失敗時の対応が不安」といった声があり、生成AIが業務フローに上手く組み込まれていない状態でした。プロンプトの配布までしているのに、使わない人もいる状態でした。

この状況は、有名な寓話そのものでした。斧が鈍くなった木こりに「斧を研いだら?」と助言すると、「研ぐ時間があるなら木を切る」と答える話です。生成AI活用も同じで、重要性はわかっていても、新しいツールを業務に組み込むための時間が確保できないということがあります。慣れるまでは効率が下がることがあるため、目前の業務に追われて「後回し」になってしまうのです。

私たちが学んだのは、生成AI活用の課題は技術的なものではなく、組織的なものだということでした。どんなに優れたツールでも、使う時間がなければ意味がありません。また、継続する仕組みがなければ定着しないのです。

AISETフレームワークとは

実践で得られた知見を「AISET(アイセット)」として体系化しました。このフレームワークは5つの要素で構成されています。

A – Allocate(割当):労働時間の一定割合を生成AI試用の時間として確保する

I – Iterate(反復):失敗を恐れず小さな実験を数多く繰り返す

S – Share(共有):個人の学習を組織の財産として蓄積・共有する

E – Expand(拡大):低リスクから高リスクへ段階的に適用範囲を広げる

T – Transform(変革):完璧主義から実験主義への組織文化変革を行う

AISETは、組織レベルでの変革を段階的に進め、持続可能な生成AI活用を実現するためのフレームワークです。

A – Allocate(割当):時間・リソース配分の見直し

生成AI活用を進めるうえでは、既存の業務手順を守ろうとする無意識の傾向に配慮することが重要です。変化に対して多少なりとも抵抗を感じるのは自然なことです。AIで効率化するメリットが、必ずしも全員に十分伝わっていない場合もあります。

生成AI導入は、効率化後の新しいタスクへの移行に手間を感じる人がいることを前提に進める必要があります。多くの職種で、いずれ生成AIを業務に取り入れる時期が訪れると考えられます。それが早いか遅いかの違いです。将来どのような業務配分に変わるのかを予測して、その未来に到達するためにいまどう時間配分を変えていけばよいかを全員で考えます。他社が効率化を進める中で競争力を保つために、自社も早めに取り組む必要性を共有することが大切です。

なお、新しいツールの習得には必ず「効率が落ちる期間」があります。プロンプトを考える時間、出力をチェックする時間、修正する時間など、慣れるまでは従来より確実に時間がかかります。特に社外向けのアウトプットを作るときには、品質を担保するために確認や修正の時間がかかります。たとえば今ご覧いただいているこの原稿もAIを使って書いていますが、AIのアウトプットをほぼ書き換えているので、あまり作業時間は短縮されていません。どちらかというと、品質を上げるためにAIと対話しながら書くというイメージに近いです。

一方で、簡易的なデータ加工や集計のように、AIによってほぼ自動化される業務もあります。

このように、AIを使うことでそんなに効率は変わらない業務もされば、大幅に短縮される業務もあります。いずれにせよ1つの業務にAIを適用させるためにプロンプトを考え、実際のアウトプットを見ながら調整することが必要で最初に発生します。

学習や実験にあてる時間を普段の業務時間の中に確保しなくてはなりません。たとえば、週労働時間の5%程度、具体的には週2-3時間を確保します。その分他の仕事を減らさなくてはいけません。

部門ごとに曜日・時間帯を分けて設定し、まずは「実験期間」として期間限定でスタートすることで承認を得やすくなります。重要なのは、この時間では一切成果を求めないこと。失敗してもOK、時間がかかってもOKという実験の時間として、他の業務と明確に分離します。実験なので、仮説が外れたとしてもデータが残れば立派な成果です。完璧な結果を求めず、「何かしらの発見」を目標とすることが重要です。そして必ず記録を残します。

「忙しくて時間がない」という声には、短期的効率低下を覚悟した長期投資として説明して理解を得るようにします。木こりの斧の例で必要性を納得してもらうのが効果的です。「効果が見えない」という不安には、小さな成功事例を積極的に収集・報告し、部分的な時間短縮でも価値があることを強調します。

I – Iterate(反復):定着するまで繰り返す

実験したあとは、特定の業務での利用が定着して当たり前になるまで繰り返します。社内でAIの活用が当たり前になっていない状態で、収集したデータをAIに渡して経営やマーケティングに活かすみたいな取り組みをするのは段階を飛ばしているので、上手くいかない率が高いです。

たとえばまず「社内向けの議事録」「提案書の構成案」「メール文面の下書き」といった部分でAIを使い続け、業務として定着するまで繰り返します。社内でのやり取りだけに使うドキュメントや文面から置きかえていき、使うのが当たり前になるまで続けます。反復を徹底しないと、いつか元のやり方にいつの間にか戻ってしまうため注意が必要です。

一度業務での活用方法を決めたら、反復して同じ業務で生成AIを使い続けて、業務フローへの組み込み方を見直していきます。

S – Share(共有):個人の学習を組織の財産に変える

生成AI活用では、個人の「小さな発見」が組織全体の大きな資産になります。「このプロンプトが効果的だった」「このツールはこの業務に向いている」「この場面では人間の方が良い」といった知見を組織で共有することで、全員の学習速度が向上します。

大切なのは記録を残すことです。何を試したか、結果はどうだったか、次回への改善点や新たな疑問を日報、グループウェア、社内チャットツールなどに書き留めることで、個人の学習が組織の資産になっていきます。また、積極的にグループウェアにマニュアルをまとめます。ラフに時間をかけずにまとめることがおすすめです。ツールの画面をキャプチャして丁寧にマニュアルを作っても、頻繁にツールの機能や画面が変更されてしまうため、すぐに古くなってしまうからです。

定期的な報告会も有効です。たとえば弊社では、週1回の「生成AI実験報告会」を開催しています。成功事例だけでなく失敗事例も積極的に共有し、さらに最近開始したばかりの直接業務とは関係のないツールなどもお互いに紹介しあっています。堅苦しい会議ではなく、自由参加かつランチをとりながら気軽に話せる情報交換の場にしています。

リアルタイムでの情報共有も重要です。社内チャットで「○○の資料作成にClaude使ったら30分短縮できた」などの速報を流し、疑問や困りごとも気軽に投稿できる雰囲気を作ります。

共有すべき情報は多岐にわたります。技術的な知見では効果的だったプロンプトの具体例、ツール別の得意・不得意分野、作業時間の短縮実績などを共有します。業務的な知見ではどの業務に生成AIが向いているか、人間がチェックすべきポイントなどを蓄積します。さらに組織的な知見として、上司や同僚への説明方法、顧客への説明で気をつけること、ガバナンスやセキュリティといったリスク管理のためのガイドラインやルールなども共有します。

E – Expand(拡大):安全に適用範囲を広げる

共有する習慣がついたら、次は成功事例を全社に広げます。また、生成AIの適用範囲を段階を踏んで拡大します。成果の出ている生成AI活用では、いきなり重要な業務に使うのは危険です。リスクレベルに応じて段階的に拡大することで、安全性と効果の両立を図ります。

第1段階では低リスクな学習と練習から始めます。アイデア出しやブレインストーミング、社内向け資料の下書き、データの整理や簡単な分析、個人的な学習や調査などに活用し、主に作成者の感覚で品質管理を行います。この段階では失敗を恐れずに様々な用途を試し、生成AIの得意・不得意を肌感覚で理解し、ツールの使い方やプロンプト作成のコツを身につけることに重点を置きます。

第2段階では中リスクな社内業務での活用に移ります。会議資料や報告書の作成、業務手順の文書化、社内向けプレゼンテーション、人事評価コメントの下書きなどに使用し、作成者による事実確認と上司への報告で品質管理します。業務での実用性を検証し、時間短縮効果を定量的に測定し、品質管理の方法を確立することが重要です。

第3段階では高リスクな対外的重要業務に適用します。顧客向け提案書(要複数人チェック)、契約関連書類の確認、公的機関への提出書類、プレスリリースや広報資料などを扱い、複数人によるダブルチェックと最終承認者による確認で品質管理を徹底します。この段階ではリスク管理体制の徹底、最終責任者の明確化、緊急時の対応手順の整備が不可欠です。

第4段階では、ビジネスモデル変革、業務改革、CX改善など業務内容を大幅に変えるような経営の意思決定に関与する部分でAIを活用します。この段階では、事業部単位もしくは全社的な取り組みになりますので、経営陣の関与が必須です。

各段階での移行判定は慎重に行い、十分な実績と信頼が蓄積されてから次の段階に進むことで、安全で効果的な生成AI活用を実現します。

T – Transform(変革):組織文化を根本から変える

生成AI活用の成功には、組織全体の思考パターンを変える必要があります。これが最も時間がかかりますが、最も重要な要素でもあります。

まず完璧主義から実験主義への転換が必要です。「一度で完璧な結果を求める」考え方から、「まずは試してみて、改善を重ねる」アプローチに変えます。短期効率から長期投資への転換も重要で、「今すぐ結果を出さなければ」という焦りから、「将来のための学習時間は必要な投資」という認識に変えていきます。

近い将来、多くのホワイトカラー業務をもつ企業で、リスキリングに伴う配置転換が求められる可能性があります。主体的に文化をアップデートしなければ、AIを積極活用する企業との差が徐々に開いてしまいます。「安定を重視する」姿勢から「変化を成長のチャンスと捉える」姿勢へシフトすることが、将来の競争力維持につながります。

文化を変革するには、組織編成を変える、評価基準を変更するなど大掛かりな変更も最終的には必要になります。また、リーダーが率先垂範することも重要です。経営陣や管理職が積極的に生成AIによるビジネス変革や業務改善に参加し、失敗事例も隠さずに共有し、「わからない」ことを素直に認めてスピード感を持って対応する姿勢を示すことで、組織全体の文化変革を促進します。

生成AI技術は日々大きく進歩しているため、新しいLLMモデルやツールが次々と登場する中で、組織として迅速に評価・導入できる体制を整えることが重要です。新モデルやツール登場から1週間以内に担当者が試用し、2週間以内に部門での検証を実施し、1ヶ月以内に導入可否を判断といったスピード感ある流れを作れると理想的です。導入に長期間を要すると、検討中にさらに優れたサービスが登場し、結果として最新の選択肢を逃してしまう恐れがあります。

実践的な導入スケジュール

AISETフレームワークの導入を12ヶ月かけて段階的に進める場合のスケジュールのイメージを紹介します。

1-2ヶ月目:A – Allocate(時間配分の制度化)

まず経営陣や部門長への説明から始めます。「生成AIの実験に週2-3時間使う」と提案すると、必ず「そんな余裕はない」と言われます。ここで競合他社の動向や業界のトレンドを示し、危機感を共有することが重要です。

実験期間として限定的にスタートし、効果が見えたら本格化するという段階的なアプローチで承認を得ます。各部門で実際に時間を確保できるタイミング(営業部は金曜午後、経理部は月曜午前など)を具体的に決めていきます。

3-4ヶ月目:I – Iterate(反復実験の習慣化)

実験段階から実際の業務定着に移ります。「社内向けの議事録」「提案書の構成案」「メール文面の下書き」など、リスクの低い業務から選んで、AIを使い続けることを徹底します。一度決めた業務では、必ずAIを使うというルールを作り、元のやり方に戻らないよう注意深く監視します。
この段階で重要なのは、段階を飛ばさないことです。社内でAIの活用が当たり前になっていない状態で、いきなりデータ分析や経営判断にAIを活用しようとするのは失敗の原因になります。まずは社内でのやり取りだけに使うドキュメントや文面から置き換えていき、「AIを使うのが当たり前」になるまで反復を続けます。

5-6ヶ月目:S – Share(知見共有の仕組み作り)

週1回のランチタイムAI報告会を開始します。失敗談も大歓迎で、「今週のベスト失敗賞」を設けて笑い話にできる雰囲気を作ります。社内チャットに「AI活用チャンネル」を作り、リアルタイムで「○○でうまくいった」「○○で困ってる」という情報交換ができるようにします。

7-9ヶ月目:E – Expand(段階的拡大の実施)

いよいよ実際の業務への組み込みを始めます。最初は社内資料から、慣れてきたら顧客向け資料へと段階的に拡大します。この時期はリスク管理が重要で、「誰が最終チェックするか」「間違いがあった時の責任は誰か」を明確にします。

10-12ヶ月目:T – Transform(文化変革の定着)

「AIを使うのが当たり前」という文化になってきます。新しいツールが出た時に「すぐに試してみよう」と思える組織に変わっているはずです。この段階で次年度の本格的な活用計画を立てます。

導入時の注意点

やってはいけないこと

まずは重要度の低い業務から生成AIを試すようにしてください。個人の自主性だけに頼る方法も失敗の原因となります。過度に早期の成果を求めたり、失敗を責める文化は生成AI活用の推進を妨げます。

必ずやるべきこと

経営陣の理解とコミットメント獲得が最優先です。明確な時間確保の制度化を行い、失敗を学習として評価する仕組みを作り、継続的な情報共有の場を設定することが成功への道筋となります。

AISETフレームワークは1年間の実践で効果が実証されています。重要なのは、5つの要素の順番を意識して進めることです。技術的なスキルアップだけでなく、組織としての学習能力向上を目指してください。生成AI活用は「導入して終わり」ではありません。スピード感を持って継続的な学習と改善を続ける企業文化をつくることで、組織の競争力向上につながります。AISETが、皆さんの組織での生成AI活用成功の一助となれば幸いです。

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毛塚 智彦

この記事を書いた人

毛塚 智彦

2006年からデジタルマーケティングを開始し、2008年にサイトエンジンを創業しました。 SEO、コンテンツマーケティングが得意です。立ち上げた直後のメディアから、数千万PVあるようなポータルサイト・ECサイトまで、幅広く関与してきました。 業務ではマニュアル作成などの仕組みづくり、事業立ち上げ、採用などを担当しています。 Twitter

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