『マーケティングフレームワークの功罪──成果を生む戦略策定のための独自プロセス獲得法』は、既存のフレームワークを“借り物”のままにせず、自社の強力な武器へ育てるための実践書です。
書籍やセミナーでフレームワークを学んでも、「どの場面で、どう使うか」が曖昧なままだと、テンプレートを埋めるだけの作業に終わりがちです。私自身、現場で使えるヒントを得るために本書を手に取りました。
読み進めるうちに、フレームワークを知っている、正しく理解している、使いこなして成果を出しているの間には大きな差があることを改めて感じました。成果を出すには、フォーマット暗記ではなく、設計思想や適用条件まで踏み込んで理解する“思考の筋力”が欠かせません。
フレームワークの誤用を防ぐ3つの重要な視点
本書では、フレームワークの誤用を防ぐための具体的な指針が示されています:
1.顧客を理解することから始める
2.フレームワークの設計思想を理解する
3.結果からフレームワークを評価する特にフレームワークに短時間で情報を入れていくと、「顧客理解」がおざなりになりやすい点には要注意です。業界特性や自社事情を捉えるには、顧客・関係者へのヒアリングや現場観察が欠かせません。手元の知識だけで組み立てると、生成AIのような一般論のパッチワークに陥りがちです。
一次情報が乏しいままでは、STPや3Cといった基本フレームワークさえ実践的な形に落とし込めません。社内の若手向けの研修で、ネットから拾った情報を寄せ集めただけのアウトプットを見たときの残念さを思い出します。
成果が出ない際の原因として以下3つが挙げられています。
①設計思想を理解していない
そのフレームワークがどのような目的で開発されたのか、何をインプットして何をアウトプットすれば効果的に活用できるのかを理解していない可能性。②自社にあっていない
自社の事業特性やリテラシー、組織カルチャーに合わないフレームワークを選んでいる可能性。③能力が追いついていない
フレームワークを使いこなすためのスキルが不足している可能性。また、結果を出すための試行錯誤が不足している可能性。
(p100-102から抜粋)
成果が伸び悩むときは、この3つのどこにボトルネックがあるかを意識的に見極める必要があります。
組織全体での習得プロセスが詳しく書かれている
本書の強みは、個人レベルを超えて“組織への浸透”まで視野に入れていることです。1人の達人だけでは成果は頭打ちなので、組織全体で共通言語化するプロセスまで踏み込んだ本は貴重だと感じました。
伝統的な「守破離」の概念をマーケティングフレームワークの習得に適用しており、プロセスがかなり具体的かつ細かく解説されています。
成功企業では、たとえば次のような取り組みが実践されています。
フレームワークを導入する前に、その開発思想を理解し、抽象的な概念についての理解を深め、概念レベルで会話ができる土壌を整えている
フレームワークを活用して得られた具体的なアウトプットを再度抽象化し、概念の理解をさらに深めるサイクルを回している。
共通言語を扱える人材を育成するために、中長期的な視点で教育プログラムを整備し、組織全体でそのスキルを習得する体制を築いている。 (p51)
様々な役職や職種の方が少しずつマーケティングに参加していく過程では、抽象的な思考ができる人とできない人でアウトプットの差が開くのが普通だと思いますので、こうした組織的なアプローチは極めて重要です。
自社に落とし込んで進化させ続ける
本書のユニークな視点のひとつが、フレームワークを永遠のベータ版と捉えて、進化に参加する一員であるという視点をもつ(p54)という考え方です。以下の部分が印象的でした。
フレームワークを外部からの「借り物」ではなく、「自社の持ち物」に変えていく意識が必要です。導入初期のフレームワークは、あくまで外部からの「借り物」に過ぎません。それを自社の事業特性やリソース、カルチャーなどにあわせて調節し、独自の方法論として昇華させることが重要です。
独自のフレームワークが形成されると、それは単なる思考ツールではなく、企業の哲学や文化として根付くことになります。このプロセスを通じて、フレームワークは企業独自の競争力を支える基盤となります。
(p110)
私も、カスタマージャーニーにストック/フロー視点を組み込み、独自フレームワーク化した経験がありますが、そのとき「借り物を自社の資産に変える」手応えを感じました。
成果を伸ばし続けるには、フレームワークのアップデートと人の成長を両輪で回す必要があります。本書は、その最終形として“離”の段階を描き、思考深化の道筋を示します。
「離」に到達するためには単なるフレームワークという手段の取得ではなく、習得のプロセスで得られる高い思考の熟達度が不可欠であることがわかります。伝統芸能や職人の世界で「離」が達人の境地を指すように、マーケティングにおいても、単なる手法の選択ではなく、本質的な問いに立ち戻りながら最適な思考を組み合わせる能力が必要とされます。(p202)
引用が示すとおり、フレームワークは「覚えれば終わり」のテンプレではなく、問いを立てて考え抜く習慣を通じて初めて自社の武器へと進化します。社内でマーケターを育成したい企業や、マーケターとして手に職をつけたい個人が増えている今こそ、個別の技術やフレームワークの習得にとどまらず、思考そのものを鍛える学びの設計が求められていると感じます。
理論を学ぶだけで実務に活かし切れていない私には格好の指南書でした。ほかの書籍やセミナーの知識も“自分ごと”に転換しやすくなる副次効果もありそうです。社内でマーケティングを推進する立場の方にも強くおすすめします。